「好き」と「得意」はだいたいズレる

哲学

「好き」=地球のルール

ただ、これは時代によって変わってしまう。テレビを見て影響を受けるなどして、「プロ野球選手になりたい」と思って野球を好きになったとしても、1000年前には野球はありませんでした。時代が違えば好きになっていないということです。

「得意」=宇宙のルール

これは絶対に変わらない

そもそも「好き」と「得意」は一致しないことがほとんどです。ルールが違うからです。

※例外として、「好き」「得意」が一致するように見えるケースとして「スポーツ選手」などが該当

→遺伝・生まれながらのお金もちなど?

だからこそ「苦しむ」ことになります。ここで「痛み」や「わからない」が発生する。

「好き」は目に見えることに対して、「得意」は目に見えません。現実世界を生きている人間は、地球のルールである「好き」に飛びつきます。目に見えない宇宙のルールである「得意」よりも先に「好き」に意識が向くようになっている。しかも、「好き」は時代によって、環境によって大きく左右されてしまう。だから「得意」とはズレる。

テレビを見て野球が好きになったとして、野球は地球のルール(肉体)なので遺伝子でほとんど決まります。もし野球に適正があったとしても、「野球が得意」と勘違いしてしまいます。野球の「何が」得意なのか?

「好き」はあくまでも「得意」に到達するまでの「手段」です。

せっかく「好き」なことに巡り会えたのなら、「何か得意につながること」はないか、自分で考えて、色々と試してみた方が、「得意」を見るける可能性が上がります。

「好き」と「得意」がそもそもずれている以上、好きなことを仕事にできないとか、逆に好きだけど仕事にできないとか、普通に当たり前ということになります。

むしろ、「好き」=「得意」となってしまうと、それが実現したらそれは超幸運ですが、だいたい勘違いで終わることがほとんどです。

スポーツなんかが特にそうです。

スポーツにアスリートレベルで取り組めるのは20代〜30代前半くらいまでです。

人生100年時代、その後長い人生が待っています。

長い人生で生きてくるのは、「得意なこと」です。生まれながらに恵まれていた「遺伝」や「家庭環境」で若くして成功してしまうと、「過程」や「長期で得意を探すのが人生」という考えになりずらいかもしれません。

遺伝や家庭環境で不遇があったとしても、自分の行動や挑戦でいつか「得意」に巡り会うことを信じて、日々を過ごしたいですね。

 

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